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戦争体験談「大牟田での空襲体験」

更新日:2018年2月23日

ページ番号:75039846

大牟田での空襲体験


匿名


 当時、私は両親と妹2人の5人家族で大牟田で生活していました。しかし、5歳の時に父が兵隊として戦地に送られ、その後戦死しました。父が生きている間には、フィリピンから1度だけ手紙と写真が届いただけでした。

 戦争が始まってからは、ラジオで日本軍が勝ったということばかり流れていましたが、後になって嘘だらけだと知りました。またアメリカ軍の飛行機が昼夜を問わずに飛んでいたことを覚えています。


 私が小学校1年生の時、学校に行くと門の前で「空襲だ!帰れ!」と言われて帰りました。あちこち逃げ回って、家の庭にある防空壕に母と妹2人と4人で逃げ込みました。何とか家族全員無事でした。家にも焼夷弾が当たりましたが、燃えずにすみました。翌日、学校に行ってみると校舎は燃えてしまっており、校庭は死体置き場になっていました。


 空襲の後、母の着物とお米などを交換してもらいに、大牟田から熊本と福岡の県境まで近所の人と一緒に何度も行きました。リヤカーを引いて朝に出発し、家に帰ってくるのは夜になり、とても大変でした。また、なかなか食料の確保ができず、いつもお腹を空かせていました。


 戦後には、家族4人で母の故郷の佐賀に引っ越しました。そこで、トラックで石を運ぶ仕事など、様々なことをしました。体は元気であったため、人がしないことなどをやらされました。その後は、親戚をたより、尼崎に移り住みました。


 戦争を実際に経験し、とても恐ろしいものだと感じました。2度とこのようなことが起きないように願っています。

平成30年2月7日寄稿


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