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戦争体験談「空襲体験」

更新日:2018年2月23日

ページ番号:21805392

空襲体験


石田 弘子(75歳)


 72年前のことが今でもはっきりと想い浮かんで来ます。

 おじいちゃんやおばあちゃん、お母さんが、飛行機の音が近づいてくると、「あれはアメリカのB29や。早く防空壕に逃げないと」と言いながら、私を背にせおって、小さなみぞに伏せながら、私は母親の背中の上で、「砂が頭にかぶったよ」と母ちゃんに言ったら、「がまんせなあかん、声を出したらアメリカの兵隊さんが来て連れて行かれるよ」と聞かされ、防空壕に着いたら、満員で又、城山の離れたところにお母さんに連れられて行きました。

 穴の中には、年をとったおじいさんやおばあさんや女子供がいました。男は戦争に行っているので、あまりいませんでした。防空壕の中では頭の上にフトンをかぶって、声を押し殺して静かにしていました。小さな子供が泣くと「静かにさしや」と、うるさい年寄りが命令をしていました。頭にかぶったフトンの柄は、『もみじ』の柄がのった、もすのフトンだったと言うと、その頃、お母さんが「よく覚えてるね」と感心していました。

 そして戦争が終わったんだよと、みんなで山から下りながらイモ畑にさしかかったところで飛行機の音がしたので、私が「こわい」と言うと、「もう戦争は終わったんだよ、あれは日本の飛行機だから大丈夫」と言われた事を覚えています。

 三つ子の魂百までといいますが、こわかった事は、いつまでも覚えている感じです。お母さんが生きている時、博多で空襲をうけて、人が電柱に引っかかっているのを見てびっくりした話、戦争は絶対だめだと言っていました。

 戦争が終わって2年ぐらいした頃、外で近所の子供達と遊んでいると、兵隊さんの服を着たおじさんが、私の家に入っていくので「誰やろう」と行ってみると、お父さんだった。初めて、しっかりお父さんの顔をみました。お父さんが話の中で、「戦争は絶対したらいけない、人を殺したり殺されたりする、死んだ人の上をのって前進する、心の中でごめん、と祈りながらの行動のみだった」とよく話をしてくれました。私も戦争は絶対ダメだとその時思いました。

 今でも世界を見渡すと、テロや内戦で女子供が逃げまどっているのをニュースでよく見ます。同じ人間、話し合いが大事だと思います。戦争のこわさを知っている私達がいろんな場所で戦争のこわさ、生命の大切さをしゃべる場所を作っていきたいものである。

平成29年8月3日寄稿

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