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戦争体験談「西宮の空襲」

更新日:2018年2月23日

ページ番号:85745130

西宮の空襲


佐々 義一


 第二次世界大戦開戦当時は、西宮市に家族と9人で住んでおり、今津の国民学校に通っていた。あまり学校には行かず、普段は家の用事をしたり、仲の良い友人と一緒に今津にある神社でかくれんぼ等をして遊んでいたことが多かった。

 当時の食糧事情は厳しかった。配給も少なく、お腹が空いていたので、大八車で運んでいた米や近くの畑からトマトやイチゴなどをとって食べていたが、見つかって逃げたり、怒られたりしたこともあった。

 昭和20年に西宮は空襲にあった。空襲があったときには西宮の自宅にいた。空襲警報が鳴り、兄弟と手を取り合って防空壕に逃げたが、防空壕の中には多くの人がおり、中にいた人に「ここは子供の来るところじゃない!」と言われて入れてもらうことができなかった。仕方なく別の場所に向かおうとしたところ、防空壕の入口付近に焼夷弾が落ち、驚き必死に逃げた。防空壕の中に入っていたら、死んでいたと思う。とても怖かったことを思い出す。おそらく防空壕にいた人は多くが亡くなっているのではないかと思う。その後は、いろいろな場所を必死になって逃げ回って助かったが、焼夷弾から逃げるのは大変だった。

 後日、染殿町(現在の総合福祉センター付近)で空襲で亡くなった多くの方の遺体が集められ、積んで焼かれていたのをそばまで行って見たことがあった。現在であれば怖いと思うが、当時はあまり怖いとは感じなかった。

平成29年4月25日寄稿

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