【鳴尾】 民間飛行発祥の地(大正3年6月)

更新日:2016年8月5日

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昭和12年 鳴尾村図より

 西宮市域東南に位置する鳴尾は、甲子園球場のある地区です。球場から南方向、枝川町一帯は競馬場でした。

 競馬場は明治40年にできましたが、広大な敷地を利用して大正6年まで8回の飛行大会が開かれ、民間飛行発祥の地として知られています。


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1 香櫨園浜でも飛行大会

明治45年 飛行家アットウォーター氏

 明治44年3月、アメリカ人マース氏が、大阪城東練兵場で関西で初めてとなるカーチス式複葉機の飛行を披露し、その一週間後、鳴尾競馬場で妙技を演じました。

明治45年6月 砲台から見る水上飛行機の飛行大会(絵はがき)


 香櫨園浜に建つ西宮砲台(国指定文化財)は、幕末期、黒船来襲に備えて幕府軍艦奉行勝海舟の勧めで造られましたが、明治末期阪神電鉄株式会社に払い下げられました。
 明治45年6月、西大浜地先で関西で初めて行われたアメリカ人アットウォーター氏による水上飛行機の飛行大会では格好の観覧席となりました。


2 観客で埋めつくされる会場

大正3年6月 第1回民間飛行大会で飛行中の阪本式飛行機

 鳴尾競馬場では大正2年5月に米国帰りの武石浩玻氏のデモンストレーションが行われています。
 そして、大正3年の6月、日本初の民間飛行大会がここ鳴尾競馬場で開催されます。民間飛行発祥の地といわれる所以です。競技の2日目が日曜日だったため27万人の観客で埋めつくされ、多くの人を魅了しました。


3 日本人初の水上飛行機操縦

大正3年6月 第1回民間飛行大会で飛行準備中の海野式水上飛行艇(絵はがき)

 この大会では、複数の日本人飛行家により飛行時間と高度が競われ、加えて香櫨園浜でも海野幾之介氏による日本人初の水上機操縦が試みられました。

 人々の飛行機熱は高まる一方で、大正4年12月には第2回民間飛行大会、大正5年1月にアメリカ人ナイルス氏の宙返り飛行が披露され、同年4月・大正6年5月にアートスミス氏を招き、夜間飛行ショーなどの飛行大会が行われました。


4 鳴尾競馬場跡地に建つ浜甲子園団地

昭和45年 元鳴尾競馬場に建つ浜甲子園団地

 鳴尾競馬場は戦時中軍需工場となり、戦後は昭和32年12月まで米軍キャンプとして使われ、跡地は浜甲子園団地となりました。


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