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戦争体験談「戦争より明鏡止水」

更新日:2020年4月1日

ページ番号:63077090

戦争より明鏡止水


岩田 正彦(49歳)


 私は西宮スタジアム時代からのゆかりがある、49歳の若輩者です。しかし、この題目を観てから、乏しい頭なりに西宮市が凄く浮かんできて、記すことを御無礼願います。

 私には2人の叔父がおり、そして私の父を含めて3人の戦争体験者と事態に興じた叔父2人の父がおります。

 薄暗い家に、それこそ薄暗い色の手紙が、愛知県一宮市の小さなドア越しから人に渡されたそうです。受け取った叔父2人は、何の事か不思議で分からない状態だったそうです。しかし、父はその後方から涙が全く止まらない様子で四男の方を見ていたのを覚えていたそうです。分かる通り、赤紙でした。もう1人いた私の父の父は、結核で亡くなっており、叔父2人が不在となると、もう年寄りの父と子供の私の父しかいなくなります。もう非常事態どころではありません。

 三男は広島の呉へ配属、四男は不明もラバウルへ戦争に行ったと聞きました。三男は一宮市の市役所でもう就職が決まっていたそうで、余計に父は酒におぼれていったそうです。そして三男に遭いに、今と違って交通は汽車、私の父が言うには、凄く長く乗っていた記憶があると聞きました。しかし、遭いたい感情が抑えきれなかったのでしょう、なんと3回も呉鎮守府へ面会に行ったそうです。そして私の父は子供ながらに、背の低かった三男の叔父に「小さい兄ちゃん」「小さい兄ちゃん」と何回も抱っこと頭をなでてもらった残像が頭にしっかりあるようです。その三男は、千葉の館山砲術学校に力を尽けるために登兵したそうです。したがって、その3回が悔しくも最後の眼逢い、出会いになったのです。

 そして真珠湾から始まった日本の攻撃。米国が劣勢になる程の日本の激しい攻めに、ドンドン進攻が始まり、占領域や色々と日本をはやし立てていくのであった。新聞にも、そう書かれていたと。

 次には南東の上から下へと攻めが始まりました。四男に聞いたここからの肉声は、恐い、ひどい、おそろしい話の数々です。まず米国の攻めを甘く見ていたようで、ひどいミサイルの嵐だったそうで、上陸もしてきて、もう生きた心地はしなかったと。ミサイルで片腕が無くなった友人が本当に沢山いたそうです。そして、銃殺、見つかれば必ず殺されていたそうです。そこに食糧不足、武器・人員不足と日本はもう完全に負けた状態だったそうで、四男は何とか穴や草木に隠れ、難を逃れたそうです。しかし、食は人肉、草木、海水と言えたものじゃないと言っていました。

 米国の目的は、この地より、やはり首都マニラ、ルソン島のようで、早い移動だったようです。マニラはやはり街、森林などは少なく、平穏な日々が続いていたそうだが、三男が言っていたのは、凄い兵を送っている日本、威張るのも分かったと。そこへ米国が来たらしく、その際はまだ日本兵の勢力が勝っていて圧倒した感じであったと伝わってきたそうです。

 しかし、マッカーサーが一度米国へ戻る際に英語で必ず戻ってくると言っていたそうです。四男は司令部、悪い予感は当たり、もの凄い全方位の力で米国が乗り込んできたと伝わり、四男も臨時で舟で援軍にまわされたそうです。アメリカ人は日本兵とフィリピン人なら全て銃殺したそうです。もちろん、ここからは書きようがありません。四男の心、情、声、紙、何も無くなりましたから…。

 そして本土、原爆と日本を攻めたて、わが一宮も終戦1か月前に2回空襲にあい、そこは父がしっかりと見ている。B29が上空を小鳥のように続々と飛んでいき、防空壕で上空ばかりみていたそうです。米国の兵隊さんは、子供や女性と、間近で眼が合っても、本当に真上をB29で飛んでも、絶対ミサイルを撃たない、落とさないそうです。「優しいね」って言った覚えがあるそうです。そして、一宮空襲が2回終わると、神戸、和歌山等、関西、そして原爆へとむかい、8月15日。

 そして悲しことに三男の死を知り、父が精神的に不安定になり、亡くなってしまったそうだ。父は言いました。「もう男の人はなんとか帰った四男だけ。もう父も母もいない、孤児になった。」と泣き叫んだと言う。

 戦争とはなんなんだろう。

令和元年9月19日寄稿

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