今年もずっとその先も、美しいものに出会える西宮でありますように

あけましておめでとうございます。昨年は芥川賞をいただき、西宮市文化芸術特別賞をいただき、自分にとってはとても良いことのあった年でした。私は生まれてから何年かと、就職後の何年かを除いて、長い間ここ西宮に住み、詩や小説を書いています。

自分の文章には、自分が見聞きしたことだけが書かれている、というわけではもちろんありませんが、やはり西宮の景色を書いた作品はとても多い気がします。祖父と、走る新幹線を見に行った武庫川、いつか遠くの国に行き、こんなのを拾ってみたいものだと思わせる貝の並ぶ貝類館。名前は出していなくとも、自分が子供の頃遊んだ、今は自分の子供と遊ぶいくつもの公園、心細い気持ちで子供を連れていった病院、甲山の緑、西宮浜で光り合う波と船。

もちろん万人にとって美しい景色からのみ、美しさは生まれるわけではありません。甲子園浜には生と死どちらもあふれ、貝殻はその中身を失くし、しかしまだ美しく、砂浜に打ち寄せられ消えない立体的な海の泡の中に、魚の骨が混じります。池は、澄む時濁る時どちらもあり、日の光で泥も、水と同じく輝きます。一年を通して見れば草木花は満開の時も、姿を消している時もあり、どれも私に何か伝えるために立っているわけでなく、でも私にこんなに与えてくれます。

祖母と行けば何か買ってもらえたショッピングセンター、もうなくなってしまった、衣料品売り場の配置まで思い出せるスーパー、子供がその中を歩き回ったゲームセンターの音や動き、小学校の保健室前の薄明かり、高校の運動場に植わる、海が近いからか南国のような木、畑で何か守って立つビニールハウス、青から金に変わっていく田。思い出を忘れていくのが嫌だから文章を書くようになったので、読み返してみれば自分でも驚くほどの、西宮の景色が描かれています。

これからもそういう、自分が感じたことから思い付き考え出したことを、自分の知っている言葉だけで書いていくでしょう。それは何と限りある、何と狭い、とも思いますが、それしかできない、そのできる範囲を広げていくしか道はない。見るならもっと奥までを、自在に伸びてはいかない手で、より遠くのものを引っ掛ける工夫を、知っている言葉の知らない並べ方を、私は探していくのでしょう。

今年もずっとその先も、美しいものに出会える西宮でありますように。新しい年が皆さまにとって、明るい良いものでありますように。

井戸川射子さん
井戸川射子さんサイン
作家 井戸川射子いどがわいこさん
関西学院大学社会学部卒業 『する、されるユートピア』で第24回中原中也賞、 『ここはとても速い川』で第43回野間文芸新人賞、『この世の喜びよ』で第168回芥川龍之介賞を受賞。趣味は読書と散歩

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