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2013年2月10日 第1405号

にしのみや歴史見聞録 青石古墳(山口町名来)

このコーナーでは、西宮の歴史スポットを紹介します

遺跡は歴史を物語る

写真:青石古墳

山口町最北の集落名来から有馬川を越え、東側の山中へ約600メートル入ったハイキング道沿いにある青石古墳。昭和40年2月下旬に付近を通った人から、「石の穴がある」という通報があり発見されました。古墳からの出土遺物から見て、7世紀半ばに築造されたといわれています。高さ1メートル、直径12メートル~13メートルと推定される円墳で横穴式石室が完存しています。横穴式石室のある古墳を横穴式石室古墳と呼び、これらの多くは群をなして造られています。例えば、八十塚古墳群(苦楽園四~六番町~芦屋市)、神園古墳群(神園町)などがあります。いずれの古墳群も小型の古墳が群集していることが特徴で、近傍に住んでいる有力者の一族の集団墓地とされます。

一方、青石古墳は、7世紀の古墳の中でも単独で造られていることが特徴で、山口町地域の突出した有力者の単独墓であると考えられます。石室の中から須恵器などに混じって鉄釘が見つかっていることから、棺(ひつぎ)は現代の棺と同じように板を組み合わせた直方体の棺だったことがわかります。

写真:青石古墳

市内には、遺跡や古墳が数多く存在します。これらは西宮の当時の歴史を物語っています。

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