第1章 計画の策定にあたって 1.計画策定の趣旨  西宮市が第5次西宮市総合計画で目指す「未来を拓く文教住宅都市・西宮〜憩い、学び、つながりのある美しいまち〜」の実現には、行政の施策だけではなく、市民の主体的で積極的な参画が大切であることは言うまでもありません。そして、参画につながる市民の意識や行動の変容のために欠かせないものが、生涯学習です。子供から高齢者に至るまでの学びは、市民性や社会性をはぐくみ、人と人とのつながりが保たれた地域づくりに資するものであり、持続可能なまちづくりにとって大きな役割を果たすものです。  本市では、平成12年(2000年)に策定した「西宮市生涯学習推進計画」に基づき、「夢はぐくむ生涯学習のまちづくり」を目指して、生涯学習の推進に関する施策を実施してきました。これにより、市民の間では、生涯学習の考え方や必要性が広く浸透し、学習活動を通じて生活に潤いや生きがいを見いだし、自己実現が図られています。  一方、地域に目を向けると、社会の変化を反映した様々な問題が顕在化しています。全国的に進む少子高齢化と人口減少は、比較的人口を維持してきた本市においても、その傾向が表れてきており、また、ICT※1の発展に伴いコミュニケーションの方法が多様化する一方、子育て世帯や単身高齢者世帯の孤立問題をはじめとして、地域における人間関係の希薄化が課題となっています。 ※1:Information and Communication Technologyの略語で情報通信技術のこと。 更に、様々な地域を支える活動の担い手不足や高齢化が、コミュニティの機能低下を招いている現状もあります。  こうした現状等を受けて、平成30年(2018年)に西宮市社会教育委員会議※2(現:西宮市生涯学習審議会)から提出された答申(以下、「平成30年答申」という。)においては、活力あるコミュニティを持続可能なものとするために求められる社会教育の在り方についての提言を受けました。 ※2:社会教育法に基づき委嘱された社会教育委員の会議。本市は、令和2年度より生涯学習審議会に移行した。  また、令和2年(2020年)の答申(以下、「令和2年答申」という。)においては、科学技術の発展や寿命の伸び等社会的背景が大きく変化していることに呼応して、これからの社会教育が、個人の成長と地域社会の発展の中心的な役割を果たすべく、「人づくり・つながりづくり・地域づくり」の好循環をつくり、地域社会の持続的発展につなげていくことが重要であるとの提言を受け、あわせて、それに資するための必要な施策についても提案いただきました。  これらの提言を踏まえ、今後の生涯学習施策として具体化し展開していくための新しい指針が必要となったことから、今般、本市の生涯学習環境のより一層の充実を図るとともに、「生涯学習によるまちづくり」を推進するため、「西宮市生涯学習推進計画」を改定します。 2.生涯学習の基本的な考え方 (1)生涯学習とは  一般に、生涯にわたり様々な場面や機会を利用して行う学習が、「生涯学習」と表現されます。これには、学校での教育に加え、文化、スポーツ、レクリエーション、ボランティアなどの多様な活動、企業で行われている教育・研修活動や職業訓練など、就労に関連する学習活動も含まれます。学習の場にも様々なものがあり、多くの人々が学校以外の場所、例えば公的施設や民間施設、NPO※3や各種団体などで学びを実践しています。 ※3:Non-Profit Organizationの略語。非営利組織(非営利団体)と訳され、主に、政府や企業などではできない社会的な問題に、営利を目的とせずに取り組む民間の団体を言う。  本計画において、「学び」とは、日々の経験や振り返り、そして人との関わりを通して、その人の認識や行動が変わっていくこととします。  生涯学習の全体像は下の表のように示すことができます。生涯学習と社会教育とは混同されやすい言葉ですが、社会教育とは学校教育以外の社会において行われる様々な教育活動のことを言うのに対し、生涯学習は本来、家庭教育、学校教育、社会教育、更には必ずしも教育的な意図をもって行われるとは限らない個人の様々な学習活動も含む、人の一生涯にわたる学習の全体を言う言葉です。これからの時代においてはとりわけ、生涯を通じ、他者との関わりの中で社会参加をしながら取り組む学習が重要となります。本計画においては、特にこうした社会参画に向かう生涯学習に焦点を当て、取組みの中心に位置づけます。 (2)生涯学習とSDGs(持続可能な開発目標)  SDGsとは、「Sustainable Development Goals」の略であり、平成27年(2015年)9月の国連サミットにおいて採択された国際社会の共通目標です。経済・社会・環境のバランスがとれた発展を実現するために、行政・地域・企業・大学・NGO※4・市民等のあらゆる利害関係者が参画して課題に取り組み、「誰一人取り残さない」を共通の理念としており、17のゴールと169のターゲットが示されています。 ※4:Non-Governmental Organizationの略語。「非政府組織」や「民間団体」などと訳される。国家の枠を越え、経済的利益を目指さない、市民が自発的に参加、運営する草の根の団体。  国においても、その達成に向けた取組みが進められており、本市においても第5次西宮市総合計画の各施策分野に17のゴールを関連づけることにより、一体的な推進を図っています。この目標を実現していくためには、私たち自身がこれからの生活や学習活動のなかで、課題に立ち向かい、解決していく力を身に付けていく必要があります。あらゆる行政分野において取組みが求められていますが、中でも生涯学習はその全てに関わる重要な課題だということになります。 コラム:よりよい社会の構築と生涯学習 SDGsにあるような課題の解決のために求められる力として、例えばOECD(経済協力開発機構)では、「言語や知識、技術を相互作用的に活用する能力」、「多様な集団における人間関係形成能力」、「自律的に行動する能力」の3つからなる「主要能力(キーコンピテンシー)」という概念を示し、市民一人ひとりが学習を通じてこれらの能力を身につけることによって、就職や所得の増加、健康や安全、政治参加などにおける個人的な成功につながるだけでなく、民主主義社会の実現、社会的包摂や人権保障、持続可能な社会の実現など、より良い社会を構築していくことを展望しています。 SDGsにおけるゴール4は、「すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」となっており、ターゲット4.7では「2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバルな市民性、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする」とされ、生涯学習が幅広い領域における取り組むべき課題であることが示されています。 コラム:生涯学習の理念をめぐる国際的動向と国内の動向 (1)国際的な動向  生涯にわたる教育や学習についての考え方は、昭和40年(1965年)にユネスコ成人教育推進国際委員会でポール・ラングランらが「生涯教育」を提唱したことに始まります。ラングランは生まれてから死ぬまでの生涯の各時期の教育を関連付ける時間的な統合である「垂直的統合」と、あらゆる教育機関・教育機会を関連付ける空間的統合としての「水平的統合」の両方の観点から、生涯にわたる教育の体系化の必要性を論じました。  その後、1970年代にはOECDが「リカレント教育」を提唱し、人生の初期に教育を集中させるのではなく、学校卒業後も労働と教育を循環させることで、時代の変化に対応していくという考え方を示しました  1990年代以降、国際的には、「生涯学習」が政策概念として積極的に取り上げられるようになりました。例えばEU(欧州連合)は平成8年(1996年)を「生涯学習年」とし、同年ユネスコも『学習:秘められた宝』という報告書を取りまとめました。ここでは、「生涯を通じた学習」の定義を「人の生涯と同じ長期にわたり、社会全体へ拡がりをもった連続体としての教育」としました。また、「知るための学習(Learning to know)」「行うための学習(Learning to do)」「人間になるための学習(Learning to be)」「共に生きるための学習(Learning to live together)」の「4つの柱」が示され、生涯学習が個人の学習にとどまらない社会的活動であることが示されました。  平成21年(2009年)、ユネスコの第6回国際成人教育会議の最終報告書の中で、生涯学習は「包括的、人道的で人々の解放に役立つ民主的価値を基盤とするあらゆる様式の教育哲学であり、概念的な枠組みであり、組織化の原則である」とうたわれています。  このように、生涯学習とは、民主主義社会の実現に向けて政治的・社会的に自律した主体となるための学習ということに加え、多様な文化的背景や価値観を持つ人々が共に認め合って生きていくための学習として、国際的に示されてきました。個人の趣味・教養のための学習活動のみを意味するものではなく、私たちが共に生きるための社会やコミュニティを形成するための学習を含むものとして理解される必要があります。 (2)国内の動向  わが国において「生涯学習」という用語は、特に1970年代初め頃から用いられました。昭和46年(1971年)に、社会教育審議会答申で生涯教育の観点に立った社会教育について述べられ、昭和56年(1981年)中央教育審議会答申「生涯教育について」では、「今日、変化の激しい社会にあって、人々は、自己の充実・啓発や生活の向上のため、適切かつ豊かな学習の機会を求めている。これらの学習は、各人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするものであり、必要に応じ、自己に適した手段・方法は、これを自ら選んで、生涯を通じて行うものである。その意味では、これを生涯学習と呼ぶのがふさわしい」と、生涯学習の考え方を明確に示しました。  このような流れの中で、昭和59年(1984年)〜昭和62年(1987年)臨時教育審議会答申において生涯学習体系への移行が提言され、平成2年(1990年)「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」(通称「生涯学習振興法」)が制定されました。  平成18年(2006年)に改正された教育基本法は第3条で生涯学習をとりあげ、「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない」としました。教育全体を通じた理念として生涯学習の考え方が教育基本法で位置づけられたのです。  改正された教育基本法に基づき、国においては教育振興基本計画が定められるようになっています。第3期(平成30年度〜令和4年度)の計画では、次の基本的方針が示されており、生涯学習の環境整備が位置づけられています。   1:夢と志を持ち、可能性に挑戦するために必要となる力を育成する 2:社会の持続的な発展を牽引するための多様な力を育成する 3:生涯学び、活躍できる環境を整える 4:誰もが社会の担い手となるための学びのセーフティネットを構築する 5:教育政策推進のための基盤を整備する  3.計画の位置づけと期間 (1)計画の位置づけ  本市では令和元年(2019年)に、長期的なまちづくりの基本的方向と、施策や事業を総合的、体系的に示すため、「未来を拓く文教住宅都市・西宮〜憩い、学び、つながりのある美しいまち〜」を都市目標として、第5次西宮市総合計画を策定しました。  本計画は、この第5次西宮市総合計画の部門別計画として、特に生涯学習分野について定めたものとなりますが、行政組織において生涯学習を主管する部局の事業に限定された計画ということを意味するものではありません。  生涯学習は市民生活の様々な領域に関わる営みです。第5次西宮市総合計画が政策分野として位置付けている6項目のいずれにおいても、行政と市民・地域の連携・協働の更なる推進が求められており、市民の主体的な取組みを引き出す生涯学習は、全ての項目で重要な役割を担っています。したがって本計画は、市民の学習に関連する本市の取組みについて、その基本的な考え方や施策の方向性を総合的・部門横断的に定めたものであり、生涯学習に関連する施策・事業を行う全ての行政部門に関わる計画として位置づけられます。 (2)計画の期間  本計画の期間は、令和3年度(2021年度)から令和12年度(2030年度)までの10年間とします。ただし、第5次西宮市総合計画の基本計画の見直しを踏まえ、本計画についても中間見直しを行うものとします。