西宮砲台


種類/史跡
員数/1基
国指定/大正11年3月8日
場所/西宮市西波止町西波止5374の1ほか
解説/幕末のころ、国防不安を感じた江戸幕府は、勝海舟の建策をいれて大阪湾沿岸に砲台を築いた。これはそのひとつである。文久3年(1863)着工、完成をみたのは慶応2年(1866)下半期であった。石造三層の円堡で、内径約17.00m、高さ約12.00m、壁厚1.21m(1階底部1.53m)。外部は厚さ9cmで油石灰5遍塗、上塗薄墨色塗。上塗りの色調は迷彩であろうか。1階床叩土、中央に井戸を掘り、一部を弾薬庫(床板敷)に当て、2階木造、側面に砲眼11個と窓1個を開き、大砲2門をすえて、筒口を四方に向ける装備であった。空砲を試射したところ、砲煙が堡内に立ちこめ、実用に向かなかったという。幸い使用に至らずして明治維新を迎えた。その後、明治17年(1884)火災のため内部の木造構架を焼失したが、石槨部分はなおよく築造当時の面影をとどめ幕末の世相を偲ぶことができる。昭和9年の室戸台風による被害のあと屋根の復元工事を行い、また昭和49年から50年にかけて鉄骨による石槨の補強工事を施工、かねて外装を整えた。




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