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西宮湯川記念事業

第10回 西宮湯川記念賞 永長 直人

更新日:
2017年1月25日
ID:
26593

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○受賞研究について
◆はじめに

私は、多電子間の相互作用がもたらす数々の現象・機能の理論的研究をずっと行ってきました。
有機化合物における中性・イオン性転移、高温超伝導体、マンガン酸化物における巨大磁気抵抗、量子スピン系、量子ホール効果、などがその対象で、これらを一括して「強相関電子系」と呼んでいます。
そのテーマは非常に多岐にわたるのですが、これらの研究を通じて、強相関電子系を貫く理論構造のようなものが見え始めています。それが、「ゲージ場」という考え方で、これが広く強相関電子系のあらゆる問題に適用できるのです。

◆なぜゲージ場か?

簡単な幾何学から考えてみましょう。
下の図1に、球面とその上に拘束されたベクトルを示します。球面は3次元の空間の部分空間で、「曲がっている」曲面です。この曲がった空間中のベクトルは、「接続」と呼ばれる場によって隣り合った点の間での平行移動が定義されます。この接続から「曲率」が導かれます。このように部分空間は一般には、接続と曲率により特徴づけられますが、前者はベクトルポテンシャル、後者は磁場に対応しており、なじみの深い電磁場と同様の構造を持つことが知られています。
一方、量子力学では、系の波動関数はヒルベルト空間中の「ベクトル」であり、それが部分空間に拘束されると、図1と同様の理論構造が現れることが容易に想像されます。実際、数多くの場面で、この「部分空間への射影」が起こります。

例えば、(i)ディラック方程式の正のエネルギー解だけに状態を限る非相対論近似、(ii)固体中のバンド間の遷移を無視する低エネルギー近似、 (iii)電子間の相互作用により同一軌道に電子が1つだけしか入れない強相関極限、などはすべてこの「部分空間への射影」として表現され、対応するゲージ場が現れます。
(i)では、SU(2)ゲージ場としてのスピン軌道相互作用が、(ii)ではブロッホ電子のBerry 位相が、(iii)では、強相関系のゲージ場がそれぞれ対応します。
これらのゲージ構造は、実空間だけでなく、運動量空間、スピン空間、さらにはパラメーターを含む高次元空間へと止まることなく拡張することができ、それに対応した新らしい現象・効果を予言することができます。ここでは(iii)の強相関電子系のゲージ場理論について述べます。
10永長・図1◆強相関電子におけるゲージ場

電子間の相互作用は斥力なので、一つの電子がある軌道を占めると、本来パウリの排他律では禁止されない逆スピンをもった電子が来にくくなり、この効果が強い「強相関極限」では、一つの軌道には多くても一つの電子しか占拠できなくなります。この事情は図2に示すようなスピンの揺らぎの場を導入することで、それと平行方向の電子スピンだけが許されるという言葉で表現できます。この時、電子はスピンの作り出す立体角に対応した磁束(gauge flux)を感じて運動を行うことになります。この磁束こそが、ゲージ場の正体であり、スピンの量子力学的・熱的揺らぎは、そのままゲージ場の揺らぎとなります。つまり、ゲージ場の下で運動する粒子の問題に、電子相関の問題が帰着されることになります。

この理論は、素粒子物理学で発展してきた量子電磁気学(QED)や量子色力学(QCD)と多くの点で共通の構造を持っていますが、同時に固体物理特有の性質をも数々示します。
まず、ハドロンが複数のクオークから成っていることに対応して、電子が分裂して複数の粒子の組み合わせとなることが起こります。
この電子分裂は、強相関電子系のユニークな特徴として、いろいろな現象に顔を出しています。また、ゲージ場の比熱や光散乱など、固体ならではのゲージ場物性も予言され、部分的には実験的にも観測されています。

このようにゲージ場理論は、固体電子の研究に欠かせない武器となって今日の物性理論で重要な位地を占めるに至っているのです。
10永長・図2○プロフィール
1980年 東京大学工学部物理工学科卒
1983年 東京大学物性研究所助手
1988-1990年 マサチューセッツ工科大学物理学科博士研究員
1998年  東京大学工学部教授
趣味は散歩、古書店めぐりと歴史書を読むこと

○近況
現在は、ゲージ場の考えを、固体中の非散逸性電流へ応用する研究を行っています。
東京大学の研究室に加え、理化学研究所基幹研のグループでもこの分野の研究を続けています。

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